【特別公開】乙女座の記憶と天使の子犬

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満月のよみものシリーズ 二月 乙女座満月

 乙女座の記憶と天使の子犬 

 

作:うえかわ 聡美

絵:みう

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「乙女座は琴を弾き、リラの美しい記憶を蘇らせる。」

 

名札のところにそう書かれた一枚の絵の前で、青年は立ち止まりました。

 

花畑の中で不思議な楽器を弾いている少女はとても魅力的で、彼に何か懐かしい感覚を抱かせます。

 

思い出そうと目を閉じると突然体が回転し、気がつくと彼はエスカレーターをのぼっているところでした。

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その日、生まれて間もなく死んでしまった子犬のちびは、長い長い長いエスカレーターに乗ってゆっくりと進んでいました。

 

エスカレーターは雲を越えてどんどん天国の方へと進んでいきます。

 

周りは美しい景色。

 

お花畑に囲まれていて、雲の間から虹色の光が透け、キラキラした音が聞こえてきます。

 

それは音楽のような歌のような、風の音のような感じに聴こえて、ちびは安心した気持ちになりました。

 

 

エスカレーターが途中で止まり、右を見ると「琴の音パーキングエリア」と書かれている看板が見えました。

 

みんながそちらへ歩いていくので、ちびも後に続きます。

 

コーヒーショップに入っていくと、綺麗なフラペチーノの写真が飾られていて、ちびは目を輝かせました。

 

 

フラペチーノには虹のはじっこと、雲のトッピング。


お店で働く天使はカラフルな文字でカップに「ようこそ。愛してる。」とメッセージを書いてくれました。

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店内にはたくさんの絵が飾られていて、その中でも花畑の中で楽器を弾く女の子の絵がとても素敵で、ちびはその絵が見えるところに座ってドリンクを飲んでいました。

 

しばらくすると、ギターの音が聴こえてきます。

 

大きなギターを抱えた女の子が、美しい海の曲を演奏しました。

 

ちびは、「死ぬのって悪くないな。」と考えていました。

 

再びエスカレーターに乗って頂上に着くと、神様が待っていてみんなのことを迎えてくれました。

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「天国はまだ地球なんだよ」

 

神様の声がきこえて、ちびが下を見下ろすと、急に地球が平面になり、空がガラスのようにパリパリと割れて落ちていきました。

 

見る世界が二次元になって、映画のようなスクリーンの画面にうつる地球を見ながら、ちびは想いを馳せました。

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その映像はとても綺麗で、少しの時間でもそこにいたことを、ちびは誇らしく思っていました。

 

周りの天使たちに地面のにおいや、空気の重み、太陽の光や、床の感触や、人間のあったかい腕の中がどんな感じだったのかを自慢気に話して聞かせます。

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ミルクは生温かくて少し甘くて、全身に浸み渡る感覚が面白くて、感じられる面白さと素晴らしさを話しているうち、今ここでは全てがバーチャルなのだと気がつきました。

 

記憶の中の味は今では変幻自在で、望むものを手にいれることは簡単だったのだと思い出します。

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「かみさま、いつかまた地球にいきたいな。」

 

ちびは呟きました。

 

 

それから天使になったちびは仕事をたくさんつとめて、派遣されたお家で新しい家族にも出会いました。

 

天使のちびの姿が見える人間の家族と楽しい毎日を過ごして、時には彼らの願いを叶えたり困りごとを解決したりしました。


時々、子犬のうちに死んでしまったことについて考えることもありました。

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「地球で生きる勇気がなかったのかな。」と感じることもあったけれど、いつも最後には「天使になって会いたい人がいたんだ。」と思って、責任感と愛を持って神様の仕事を手伝いました。

 

ちびは天使になってから出会ったその家族のことが大好きでした。

 

彼らのためにしてあげることが嬉しくて、一生懸命修行をしました。

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知らないうちに眠っていた青年はその絵の前のソファに座って、ゆっくりと目を開けました。

 

懐かしい夢を見ていた彼の胸はぎゅっとなります。

 

外にでると彼は大きく伸びをして、そのまま向かいの宝石店に入り指輪を買いました。

 

 

会ったら、今日の夢の話をしよう。きみが好きそうな話だもの。

 

そして、一緒に綺麗な光を作ろうって言うんだ。

 

ぼくらには見えたり見えなかったりする光。

 

虹色のフラペチーノを飲む、天使の子犬の記憶。

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おわり