本当の名前と来年の予告
わたしはアカシックリーディングのセッションやお手紙を作っていますが
最近は、わたしがしていることはアカシックリーディングを超えた何かではないかな?
と思うことが多いです。
同時に、みなさんが「アカシックリーディング」に期待しているものとは少し違ったことをしている気持ちもあります。
なのでもしかしたら来年は、その名前で呼ぶことをやめるかもしれない。
名前ってなんでしょうか。
『ゲド戦記』シリーズでも「名前」は重要な役割を担っています。
本当の名前を知られると、魔法使いは魔力を失う。
本当の名前を唱えることで、ものや人を操ることができる。
逆に信頼した人には自ら本当の名前を教える。
これは自分の二面性「見せる自分と本当の自分」の例えであると同時に
「名前」「言葉」そのもののパワーや魔力の表現が強いとわたしは思っています。
名前や言霊
わたしは言葉を扱うのが好きだけど
最近は、その言葉に制限され過ぎてわからなくなることも多い。
みんなその間の行き来を繰り返しながら
なんとなくバランスがいいところにとどまっているけれど
それが果たして「本当のこと」なのかどうかは疑問でもあります。
そしてその「本当のこと」がどれほど重要なのかもよくわかりません。
この一ヶ月くらい、ずーっと出てきているタロットカードがこれ。
このカード、解釈がわからない。一言で言えない。
普通だったらカードを見てすぐにメッセージを理解するのですが、ずっとわからない。
その意味をずっと考えていて、今、
あ、それ自体がメッセージなのではないか
と思いました。
言葉で説明するのが不可能なこと。
それは思考の外の可能性であり、言葉を超えた領域で鳴っている音楽かもしれない。
わたしはその領域を、これからはもっと信頼した方がいいのかも。
言葉にならないと不安になるのはなぜでしょうか。
逆に、定義されれば安心できるのはなぜでしょうか。
人に理解されること、みんなと一緒であること。
「自分の言葉はみんなにはわからない」
これはわたしが生まれたときから持っている思い込みですが、
来年はきっとこれを個性・特技として使っていくのだろうなという予感があります。
みなさんもきっと来年は、
自分が持っているネガティブな思い込みや
「このままではいけない」と思っていること
みんなと同じようにできないこと
そういうことを、自分の個性として表現できると思います。
これ以上自分を直さなくていいし
わからないことはわからないままでいい。
舞台が変わったのです。
今いる世界は、今までとは違う場所です。
書き始めたら、ポワッポワッと気づきを含みながら
この記事が勝手に完成しました。
わたしへの、あなたへの、
結構重要なメッセージかもしれません。
愛を込めて送ります。
また来年もよろしくね♡