ある港町のおとぎ話

f:id:soiree-etoilee:20171021121717j:plain その日オオカミが見つけたのは、大きな種だった。

獲物を探して歩き回っているとき、彼は何かにつまづいた。

雨が降っていた。

かみつこうとすると、それは声を発した。

声といえるだろうか。

何か音の波動のようなもの。

しかしオオカミは絶対に声だと思った。

自分を呼んでいる声。  

何と言っているのかはわからなかった。

しかし、自分を必要としているのだということはわかっていた。

おそらく、何年も前から。  

「やっと見つけたんだね」

オオカミは静かに言った。

草むらでかさかさっと音がする。

次に彼が気づいたときには、小さなうさぎをほおばっていた。

いつもそうだ。

オオカミは本当はかわいそうな小さな動物なんて食べたくなかった。

気がつくといつも、リスやシカやウサギを、血にまみれながら食べていた。

そんな瞬間が、大嫌いだった。  

今回も彼がががっかりしていると、さっきの種がまたオオカミに話しかけた。

・・・

 「そうだね。」

オオカミはやさしく返事をした。

彼はひとりぼっちだった。

 

彼の両親はオオカミが小さいときに死んでしまった。

そこは寒い土地で、兄弟はみんな彼のことを嫌った。

すぐに泣きだすし、オオカミとしての威厳がないと言った。

しかし彼は兄弟たちのことが大好きだった。

去って行ったときは、何日も何日も泣き続けた。  

それ以来、彼はひとりで暮らしていた。

誰とも話さず、楽しい夢を見ることもなく。

あまりに長いことひとりぼっちだったので、もう寂しいとも思わなかった。

あたり前に暮らしていた。

  その日から、種はオオカミの親友になった。

彼らは毎日話をした。

オオカミは幸せだった。  

「君が誰だっていいよ。ずっとここにいて。」  

オオカミが種に話しかけると、種はいつもころころとした笑い声をたてて返事をした。  

ある日オオカミが種に話しかけると、種は返事をしなかった。

もう一度話しかけてみてもやっぱりだめだった。

彼の目からは涙がこぼれた。  

次の日も、次の日も、種は返事をしなかった。

何を言ってもまるで普通の種のように黙り込んでオオカミを見つめることさえしなかった。

彼はまたひとりぼっちになった。  

何カ月かして、オオカミは種の隣に寝転んだ。

ずいぶん年をとって、もう動物を獲ることもできない。

オオカミは疲れ果てていた。  

「話してくれなくてもいいよ。君はここにいる。」  

オオカミは種に話しかけた。

種は小さな木になっていた。

  毎日眠って過ごすオオカミは、たくさん夢をみた。  

あるときオオカミは兄弟たちと遊んでいた。  

またあるときはうさぎたちの楽園を覗き込んでいた。  

自分の子供たちとたわむれた日もあった。  

その大きな手に雲をつかんで、空を飛んでいた。  

オオカミはちっとも苦しくなかった。

お腹がすいて寒かったけれど、彼は一度もひとりぼっちではなかった。

夢を見ていれば、いつも誰かがそばにいて彼のことを好きだと言った。

こんなに幸せなことは今まで一度もなかった。  

ふと見てみると、種はぐんぐん大きくなって、オオカミの上にかぶさるような立派な木になっていた。

実もつけて、たくさんの動物が集まってくる。

鳥、リス、虫たち。

みんなオオカミのことは目にもとめず、その甘い実に夢中になっていた。

  「ありがとう」   オオカミは種にお礼を言った。

もう本当にひとりぼっちなんかじゃない。

・・・

種が答えた。  

一匹のリスが木から降りてきてオオカミを見つめた。

そして小さな手に実をとりだすと、オオカミの口元にその実を近づけた。  

その実は、オオカミが一度も食べたことがない味だった。

もちろん今まで木の実や草花を食べたことはないけれど、それでもこの実は普通ではないと彼にはわかった。

かみしめているうちに彼はとても温かくなった。  

オオカミは種になった。

眠り続けてまるまって、とうとうあの種と同じように、茶色くて大きな甘い実になった。

オオカミは、この上なく幸せだった。  

オオカミは一度もひとりぼっちではなかった。

そこには地面があり、木があり、風があった。

みんな生きていた。  

また次の春がきて、オオカミはぐんぐん育って木になった。

実がなると、動物たちが集まってきた。

みんなオオカミに感謝をした。  

ころころ笑い声をたてながら落ちていく実は、みんなの力になった。

時々、昔のオオカミのように種たちの声を聞いて答えようとする動物たちもいた。

その実の中はとてもとても甘かった。  

オオカミは種に生まれ変わった。

種は木に生まれ変わった。  

今では、どの木がオオカミなのかわからないくらいたくさんの木が生えている。

春でも冬でも関係なく大きな甘い実をつけている。

そこは森になって、たくさんの動物が集まって、みんなで一緒に暮らしている。

実を食べていれば、狩りをする必要もない。

やさしい動物たちは笑いながら風と話をする。

歌を聴いている。  

ころころころころ。